スポーツジャーナリスト/元日本テレビスポーツ局プロデューサー
サッカークラブ世界一を決める戦いを日本に呼んだ男
東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業後、1963年 日本テレビ入社。
30年間、スポーツ現場でディレクター・プロデューサー・局次長を務める。
巨人軍9連覇の野球中継などのディレクターを経て、高校サッカー・キリン杯サッカー・トヨタ杯サッカー・横浜国際女子駅伝など、数々の名物番組を立ち上げ、箱根駅伝の完全生中継を実現させた。
’91世界陸上ではチーフプロデューサーとして海外のテレビ局から高く評価された。
1998年 ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)に出向し専務取締役、同年東京ヴェルディ代表取締役に就任。「東京ヴェルディ1969」の名づけ親。
2003年社長退任後、国士舘大学大学院 体育学部教授に就任。
国際陸連テレビ委員会委員・Jリーグ理事・ラジオ日本番組審議委員会委員長などを歴任。
● 日本スポーツ振興センター スポーツ振興事業助成審査委員
● (社)日本スポーツ検定協会 理事長
● 元Jリーグ・マッチコミッショナー 委員長
「世界のスポーツ、サッカーを伝えたい!」
この言葉を実現するために、現在の日本サッカーにも大きな影響を与えていることを次々と実現。
○関西開催だった『全国高校サッカー選手権大会』を日本テレビで中継権を獲得、首都圏開催へ変更。決勝戦で国立競技場が満員になるまでとなった。
○開催が困難になりつつあったインターコンチネンタルカップ(欧州クラブチャンピオンと南米クラブチャンピオンが世界一と決める大会)を日本に誘致してトヨタカップとして開催。日本における海外サッカーの人気アップに貢献。