プロ野球コーチ/野球解説者
1959年7月6日、奈良県出身。天理高等学校から1977年にドラフト5位で読売ジャイアンツに指名され、翌年入団。その後、西武ライオンズ、中日ドラゴンズに移籍し、90年シーズン途中に再び西武ライオンズへ。主に守備固めとして活躍し、92年に引退。
その後、西武ライオンズ、読売ジャイアンツ、オリックス・ブルーウェーブスのコーチを務めた。2005年より茨城ゴールデンゴールズでコーチ、07年よりBCリーグ・富山サンダーバーズ初代監督に就任した。10年~11年は埼玉西武ライオンズ、12年~14年は東北楽天ゴールデンイーグルス、15年~16年は福岡ソフトバンクホークスでコーチを務めた。17年、四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスの野手コーチに就任し、独立リーグ日本一に輝いた。NPBでは選手、コーチとしてリーグ優勝は14回、日本一に7度輝いている。
また、17年夏頃から体調を崩して闘病生活に入り、骨髄異形成症候群で臍帯血移植を受け、1年後に病を克服。18年10月から立教新座高等学校野球部のコーチに就任した。
講演/トークショー
2017年、夏、急性白血病の前兆ともいわれる「骨髄異形性症候群」という病魔に襲われる。翌年、新生児からの臍帯血移植を受け、1年後に病を克服。野球評論家として活動する傍ら、同じ病と闘う人々のため、臍帯血移植の普及に努めている。
奈良・天理高時代、甲子園に4回出場。早大入学が「内定」していたが、長嶋茂雄監督の目にとまり、1978年、巨人に入団する。15年間の現役生活のあと、コーチとなり、長嶋、王貞治、広岡達朗、森祇晶、星野仙一、東尾修、原辰徳ら名将に仕える。NPBでは選手、コーチ時代を含め14度のリーグ優勝と7度の日本一に貢献した。勝つために、何をすべきか。それを知り尽くした男のビジネスシーンにも役立つ、修羅場の参謀学。
スポーツアナウンサー
講演カテゴリー
野球 会話・コミュニケーション フリーアナウンサー・キャスター 司会
主な講演テーマ
好きなことを仕事にする 〜就職、転職をめざすあなたへ〜
円滑なコミュニケーション
プロ野球、MLBの取材現場から